英国では生産性が低い農地の自然環境を再生し,高まった生物多様性をユニットとして販売するとともに,土地所有者にも収益をもたらすビジネスが盛んになっています.
これは,英国で昨年から始まった「生物多様性ネットゲイン」という政策によるものです.この政策では,企業が住宅開発などの開発行為を行う場合,開発後には従前よりも生物多様性を10%高める必要があります.開発地で生物多様性を高められない場合には,開発企業はオフセットの生物多様性ユニットを買うことになるため,生産性が低い農地の自然環境を再生するビジネスが成立してきているのです.
わたしたちは,2025年9月末~10月初旬に英国で7つのオフセットのサイトを現地調査してきました.とても収穫の多い旅でした.サイトの特徴は,①ビーバーによる池沼・湿地再生と洪水緩和,②泥炭地の再湿潤化によるカーボンクレジット,③野草の草地再生による生物多様性ユニットと栄養塩中和クレジット,④多様性の低い農地の生物多様性を高めた住宅開発,⑤1,200もの小さな工法を組み合わせた自然型流域治水,⑥排水路の利用による農地の遊水地化などです.
▶その調査レポートを公開します.日本で増え続ける放棄農地の自然再生について考えていく一助としたいと思います.
◆放棄農地の自然再生と潜在的グリーンインフラ機能の発現に関する研究に関する研究
増え続ける日本の放棄農地は、昨今の米の需給バランスの問題を考えれば営農されることが望ましいのですが、中山間地ではアクセスが悪い、担い手や所有者が不在である、機械化しにくいなどが輻輳した場合には営農は困難となります。このような放棄農地の生物多様性を高め、地域にとって価値ある自然環境に転換することがネイチャーポジティブとして重要です。
このような中、わたしたちは、放棄農地の自然再生の事例調査を42サイトで行い数量化理論Ⅲ類による分析と、ハビタットの成因に作用する諸環境条件の連関を分析することで、農地の乾湿条件や人為的働きかけの有無によって、10タイプの自然再生の手法を類型化することに成功しています。そして、その適用のためのアプローチマップを開発しています(下図参照)。10タイプとは、タイプA:池沼(図-2)、タイプB:水辺 林、タイプC:低茎湿地、タイプD:粗放水田、タイプE:凹 凸湿地、タイプF:山間湿地、タイプG:里山草地、タイプ H:潜在自然植生、タイプI :粗放草地、タイプJ:高茎湿地です。
今後は,再生された放棄農地に調整池,遊水地などをオンすることによって,再生放棄農地が潜在的に有する洪水緩和効果を発現させる研究を進めていきます.そして,放棄農地の自然再生の社会実装と普及を進めていきます.
▶概要:www.mirai-kougaku.jp/eco/pages/250829_02.php
▶関連論文:drive.google.com/file/d/1w2KKN9yQCXASa-lag0ERytlpPKeD6Vk7/view?usp=sharing
◆ネイチャーポジティブに向けた企業の共創ネットワークに関する研究
生物多様性の損失を食いとめ,自然を再興していくネイチャーポジティブの取組が日本企業の中でも盛んになりつつあり,地域のNPO,行政,住民,研究者等との共創による生物多様性の保全活動に発展してきていおり,このような傾向を把握することが今後のネイチャーポジティブの取組に重要です.
そこで,日本における民間企業のネイチャーポジティブの取組の傾向を明らかにすることを目的として,先進的な企業の取組を,活動対象,活動目的,ステークホルダーとの関係,活動内容,リソース,動機,活動規模において統計的に分析しました.その結果,製造業を中心にCSV(共有価値の創造)を主な動機として,資材や製品など企業の多様なリソースを活かして活動する傾向が確認されました.また,多変量解析によって企業の取組を以下の5つのグループに類型化しました.
①「社会貢献的取組」,②「技術・研究によるビジネス的取組」,③「資材/製品の販売・提供による取組」,④「地域環境保全的取組」,⑤「プロモーション・支援的取組」
▶関連論文:https://drive.google.com/file/d/19Zae5937856RqU8cF052GvH0jnECZo88/view?usp=sharing
(土木学会論文集81巻,26号(印刷中)
◆湾曲を伴う幅広谷底部における遊水・遊砂機能の発現に関する研究
河床勾配が急な山地河川において,湾曲を伴う幅広谷底部の河道において遊水・遊砂機能を発現する研究を進めています.鳥取県では2023 年8 月15 日に台風7 号に伴う線状降水帯が発生し,千代川流域の佐治川では河岸侵食に伴う被害が発生しました.一方,溢水による浸水が懸念されたが被害を免れた集落も存在しました.
それは,直上流部の湾曲部に位置する幅広の谷底部が遊水・遊砂効果を発現し,直下の集落の浸水被害を防いだ可能性が考えられました.そこで,中山間地の急流河川における幅広の谷底部を河道の拡幅部として捉え,拡幅部への貯留や堆砂が下流へ及ぼす影響を検証し,拡幅部の遊水・遊砂効果を整理することを目的とし,平面2 次元河床変動解析を実施しました.
その結果,中山間地における湾曲を伴う幅広谷底部では,大きな粒径の巨礫も含んだ幅広い粒径の土砂を堆積させ,下流への土砂流出量を低減させ,水位上昇を抑制する効果があることが分かりました.
今後は,そのような湾曲を伴う幅広谷底部の河道における遊水・遊砂機能を発現させるための条件を整理し,同様な潜在的機能を有する河道を抽出してそのモデル化を図ってシミュレーションを行い,その計画・設計手法を体系化していく予定です.
▶関連論文:https://drive.google.com/file/d/1NO4pbqaIO30MynGuBN_MK7SukYA6lweK/view?usp=sharing
(土木学会論文集,Vol.81,No.16,24-16044 )
平面2次元河床変動解析の再現計算結果( iRIC/Nays2DH)
河床材料調査結果
◆サンゴの生息環境の改善に向けた農地からのリン流出の低減に関する研究
サンゴ礁生態系の保全・再生のためには,サンゴの生息に影響を与えているとされている陸域からのリンの流出を低減する必要があります.陸域からのリンの流出には大きく分けて,生活排水に由来するものと,農業に由来するものの2種類があります.本研究では,農地土壌からのリン流出に着目し,その影響の低減とリンの島内循環を促すため,石垣島で農家に聴き取り調査を行い,畜産排せつ物の適切な処理,堆肥化,その利用による面源負荷の低減に関する要因連関構造分析を行うとともに,轟川流域で営農形態と土壌区分を考慮した土壌サンプリングを行い,土壌のpHやリン成分の含量を分析しました.
その結果,リンの域内循環を促すためには,畜産排せつ物の回収,堆肥化促進,堆肥活用や堆肥のマーケットの拡大,環境にプラスとなる農業への転換などのアウトカムを達成する複数のアクティビティが必要であることが分かりました.また,農地土壌とともに表面流出したリンが可溶化する可能性や,耕うんの影響や土壌の亀裂等によりリンが下層へ移動し地下水から流出する可能性が示唆されました.これらを考慮してリンの流出リスクの評価を試行した結果,牛ふんの野積み,名護統の土壌やサトウキビの春植,夏植におけるリンの流出リスクが高く評価される一方,株出栽培のリスクが低いことが確認されました.これらの知見から,牛ふんの野積みの解消,土壌pHに応じた適切な施肥管理,土壌流出防止の営農対策が重要であると考えられます.また,島内の畜産排せつ物を堆肥化して循環利用するため,「堆肥利用ガイドライン(案)」を作成しています.
▶関連論文(1):https://drive.google.com/file/d/1z_Q3Z20N0YwltSgTr67VZPhmyznqWGie/view?usp=sharing
(土木学会論文集,VOL.80, No.27, 24-27040, 2024)
▶関連論文(2):https://drive.google.com/file/d/1GQHByD3RDcKNauZSIme44vol1rPNImPj/view?usp=sharing
(土木学会論文集,Vol.81,No.27,25-27003,2025 印刷中)
地表面の土壌流亡リスクスコアと地表面の水溶流出リスクスコアとの関係
地下浸透リスクスコアと地表面の土壌流亡リスクスコとの関係
◆住民参加による斜面防災モニタリングシステムの開発に関する研究
近年,気候変動の影響を受けて,世界各地で斜面災害が多発しています.このような災害から人命を守り,適切な避難行動を起こすため,IoT傾斜センサーを援用した住民参加による斜面防災モニタリングシステムを開発しています.京都府福知山市において試行モニタリングを実施し,その内容を住民の意見,斜面の挙動,避難スイッチの設定のあり方から分析・考察した結果,IoT傾斜センサーは,身近な斜面の崩壊から住民が逃れるための避難スイッチとなるという効用が期待され,降雨に敏感に挙動する危険な斜面の判定に有益であることが確認されました.
また,福知山市荒木地区と鳥取市佐治町渕尻地区で実施したモニタリングにおいて,斜面の挙動,警戒アラートと住民の行動の関連性,及び斜面林の崩壊抑制効果を比較分析しました.荒木地区の敏感に反応する斜面では,降り始めの降雨で斜面が挙動することが確認され,それらを考慮した管理基準値の再設定が有効であることが分かりました.一方,渕尻地区の斜面上部では強い降雨が続いた後に地すべりの挙動がみられるなど違いがあり,住民が斜面防災モニタリングを行うには複数年の準備モニタリングが必要であることが認識されました.斜面林については,両地区で雨水遮断の効果の期待できるものの,地すべりで倒木がある場合には崩壊抑制には寄与しにくいことも示唆されました.
▶関連論文(1):https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejj/79/27/79_23-27021/_pdf/-char/ja
(土木学会論文集,VOL.79, No.27, 23-27021, 2023)
▶関連論文(2):https://drive.google.com/file/d/1saY0jZvJbk7n3E5GE6Nn-Y4PqzUbB9BB/view?usp=sharing
(土木学会論文集,VOL.81, No.27, 25-27010, 2025)
土壌雨量指数と傾斜角速度の推移
土壌雨量指数と雨量の推移と避難行動
◆水辺と街空間の潜在的魅力の発現に関する環境デザインに関する研究
水辺と街空間の潜在的魅力を発現させるハードとソフトの仕掛けによって,人との会話や飲食などが楽しい水辺と街の空間を提供することができ,人と人の交流を育む社会的活動のニーズを具現化していくことができるはずです.
本研究では,鳥取駅南側に位置する山白川の親水空間において,水辺と街空間の潜在的魅力を発現させるハードとソフトの仕掛けを工夫し,社会実験を行いました.そして,その結果を利用行動の観察とアンケート,そしてヤン・ゲールの12の質的基準から分析しています.
その結果,水辺と街空間の潜在的魅力を発現させるための仕掛けとして,テーブルやイスの設置,軽食の提供,水辺を灯す灯篭の配置,交流を促す企画などを提供することで,歩く,座る,滞留する,眺める,会話するなどの多様な利用が発現することが分かりました.そして,水辺と街空間の潜在的魅力を発現させ多様な利用を誘発するために有効な具体策が導き出され,山白川周辺の空間の環境デザインを描くことができました.
▶関連論文(1):https://drive.google.com/file/d/1Wuj_pSs6FVAD1cZeGppacat_j5CoVtuB/view?usp=sharing
(第76回 令和6年度(2024)年度土木学会中国支部研究発表会 Ⅳ-18)
▶関連論文(2):https://drive.google.com/file/d/1WpDdFFBjB7chKlIpFYTWLozcP_VYgZDZ/view?usp=sharing
(第33回地球環境シンポジウム講演集,pp.317-322,2025 )
社会実験での仕掛けとヤン・ゲールの12の質的基準の関係
水辺と街空間の断面イメージ